2012年04月22日

カッターズ・ウェイを紹介いたします。



え〜、私が2月に1ヶ月間に渡って書きつづけたお話の元ネタである、「カッターズ・ウェイ」という映画です。

私が書いたお話は何しろ元ネタの資料がほとんど無い状態で書き始めたのでお話自体に関連性はほとんどございません(笑

しかし、私もこの映画と原作本に興味があったので英語版オンリーながら入手して鑑賞し途中から参考にするようにしてましたね。特に文章なんかはふざけたような冗談交じりのところなんかは原作も同じだったりします。特に「哀れな poor」という単語は実際原作本でよく出てきます。

それはいいとしてこの映画、公開当時は評価は芳しくなく、ほとんど忘れられた2002年頃というアフガン・イラク戦争勃発の時期にイギリスのケーブルテレビで俳優ジェフ・ブリッジスの映画の特集をやって、その時放映されるや大反響。アフガン戦争で揺れ動く世界情勢に通ずるものを視聴者さんたちは感じ取ったようなのです。

それ以後、とんとん拍子に原作本のイギリスでの再販が決定。フランスのガリマール出版からセリ・ノワールの作品として登録されたり(英語で書かれた小説は大概文学的レベルが低いのでセリ・ノワールに登録されるということはすなわちちゃんとした「文学」として世間に認められたということだ)昨年、原作者のニュートン・ソーンバーグさんが他界されたときにはやっぱりイギリスの阿修羅掲示板(笑 と言われるガーディアン誌で追悼記事が書かれたり、とじわじわと再評価されミステリーの殿堂入りを果たすまでに至った遅れて来た20世紀の英文学の至宝だったりするんですね。

んで、このお話の面白いところかと思いますが、ミステリーによくある「犯人探し」の要素がこのお話皆無で「〜〜かもしれない」「きっと〜〜だろう」みたいな推量、推測だけでお話が進んで行くんですね。本来のミステリーはこんな感じなんですが。
これをどういうわけかイギリスのファンの人たちは「これは無茶だ」とか「乱暴な推理だなぁ」と言う風に

全く否定的に見ないのです。

なんかここら辺の「客感的事実関係なんかどうでもいい」という部分に魅力を感じる感性の人が多くて面白かったですね。ここら辺がこの映画や原作本が英語圏でよく売れて日本で全く売れない理由だろうと思われます。

さて、個人的にこの客観性無視で主観的な思考だけで突き進んでいく主人公たちの姿はアメリカン・ニューシネマ的な破滅的なラストと相まってたまらなくカッコいいんですね。

このお話、時代はもう60年代が遠ざかってきた80年代初頭で、革命運動の精神的支柱であった「実存主義(主観が全てという考え方)」が徹底的に否定されて「構造主義(主観を相対化して否定する考え方:押井守の作品に顕著)」が幅を利かしまくっている状態を本当に閉塞的でニッチモサッチモ逝かない精神的にダメダメな社会という風に描写してるんですね。

そこに知性や教養を持ちながら下流に甘んじてニヒルかつアイロニカルに生きる最後の実存主義者・アレックス・カッターがガツンと物申すというところがこういうファンの方々にとっては魅力なのかな?なんて思ってしまいます。


なお、私の人生経験から言わしてもらえれば「より良い人生のために主観的なものの見方より客感的な分析」という考え方は全く役に立った記憶がございません。ですので個人主義・実存主義を貫くアレックス・カッターのような人生観に私自身は賛同しておりますし、他人にもすすめます。
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2012年01月09日

映画「ワイルド7」応援企画 2



はいっ、ワイルド7の応援企画、第2弾はこちらで行います。

第1弾は こちら です。

さて、今回は劇中で効果的に使われたスローモーションについてです。ネタバレなので気をつけてくださいね。




こちら で「ウザい」と評されてた手法なんですが、「ウザい」と言われるほど多用されてないし、今回の映画に関してはうまく使われてました。予告編の少女時代の本間ユキが爆破で家族を失うシーンをスローモーションで流すシーンだが、これが本編を観ればこのシーンの重要性がわかる。

これはユキが暗殺者となる運命を決定づけた瞬間であって「少女からアウトローへ変わる瞬間」なのである。

こういうとこは私はこの映画で非常に評価してるとこなんですわ。まぁ、実際の映像の出来についてはどうかと思うんですがこういう画を撮ろうという監督の姿勢に評価を与えたいです。まぁ、日本には「女が変わる瞬間」を撮らしたら世界一の井筒和幸という巨匠がいらっしゃいますから日本映画ならこれくらいやって当然と言えば当然なんでしょうけど。



さて、次回、第3弾は残念ながらこの映画にキビシイ評価をしなければならない点なんですが、漫画版では決して描けなかった「男と女の間のゴニョゴニョした部分」を描写する私が個人的に「目線のガンファイト」と呼んでる部分について語ります。

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2011年12月26日

再び旅に出よう



奇跡の実写版「ワイルド7」を見てきました。

ワイルド7といいますと、70年代から根強いファンがたくさんいる漫画でして、時代は変わってもスリルとサスペンス満載のストーリーとアクションと人間ドラマこれが見事に絡み合って作られる作風は評価が揺るぎません。っていうかこれを超える作品というのが正直出てきてないんですよね。

そんな凄まじい作品を原作に持つワイルド7の実写化、監督に「海猿」(一回も見たことないです)の人を起用したりと不安だらけだったんですが、個人的な感想を書くと。

普通に見れるよ

まずアクションなんですが監督の力量は正直不安だらけだったけど今回は奮闘したと評価したい。

車や通行人の多い市内での無茶なチェイスという大昔のアメリカ映画でよくやっていて今ではあまり望めない(ハリウッドでも最近は高速道路ばっかだもんな)カーチェイスなんかを見事に再現してるし、いかにも漫画チックなラストのアクションも漫画のイメージ的でよかった。
ただ、今時のバイク乗りはマシンの性能向上に伴ってウイリーだのジャックナイフだのバーンアウトだのは普通にやっちゃうので、そいつらを黙らせるような「公道でやっちゃらめぇ!」なエクストリームなバイクテクニックを駆使したアクションを今度は期待したい。エクストリームな技をやれる奴らは大勢いるけど、それをど迫力に撮影するのって難しいでしょ。お金払って見に行く価値のある映像は必ず撮れるはず。

んで、次にストーリーね、

これは脚本家さんはよく考えたというかワイルド7の真髄を本当に理解してらっしゃって本当にうれしい。
ストーリーは原作みたいにどんでん返しの連続にするとわけわかんなくなってしまうみたいなんでいたってシンプルなんですけど ワイルド7の存在理由 がきっちり書かれてて「正義とは何ぞや?」みたいな問いかけを観る人に投げかけてる部分もあって、規制が多い今のご時世にあって非常に大胆なストーリーになってます。

そして人間ドラマなんですが

これはこの映画の最もこだわった部分なんでしょう。登場人物の内面を結構掘り下げて描くことで「アウトローなやつら」を観客に取っつきやすくする効果はもちろんですが、かつて原作者の望月先生がフランス映画「レオン」が冷酷な殺人マシーンの主人公レオンの内面を描いてたのを高く評価してたことがあったんですが、そういう方向性に近いんですね。

そして、40年以上に渡って多くの日本人(よく男の子向けと言われる漫画ですが女性のファンも多いです)を魅了してきたワイルド7の本質をこの人間ドラマの内向性によって 観る人が見つけ出すことができるようにしてるんですね。(すべての人ではないでしょうけど)

これほど長い間多くの人たちに愛されてきたワイルド7、彼らは実在はしないけどファンの心の中には彼らの存在を受け入れる部分があったので彼らを愛してきたんでしょう。

かつて私はワイルド7の漫画を読んで熱狂的なファンになり、古本屋をあさっては全巻を入手、それから次から次へと望月先生の作品を買い漁って終いには同じ望月マニアとお宝グッズ争奪戦を繰り広げるまでになってしまったほどのワイルド信者なんですが今にして思えばあのワイルド収集行脚は恐らく私の脳には「ワイルド領域」と呼ばれるアウトローを愛してやまない部分があってその部分を具現化してくれるワイルド7の面々を探す心の旅であったと思います。

さて、この映画で飛葉のモノローグやらユキの回想シーンやらで暗さを気にせずとてもじゃないが実際には近寄りがたいアウトロー(例え見た目が深田恭子でも人ごみで銃ぶっ放すような女はさすがに近寄りがたいよ)な人たちの内面を描いたのは観客の脳内ワイルド領域を刺激してワイルド7を知らない人にお話の大前提を理解してもらい、ワイルド7を知る人たちには再び心の旅に出てもらおうということなんだと思います。(まぁ結局結論は全て観客に丸投げな)

「あなたが望むなら私はどこにでもいます」と言ったのはイエス・キリストだったかどうか忘れたけど、ともかくこの映画版「ワイルド7」はワイルド7を探す旅の一駅にしか過ぎません。が、一駅は一駅なんです。「原作と違う云々」言う人もいるけど私は言いたい。

あなたが本当にワイルド7を望むならこの映画の中にワイルド7は必ずいる

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2011年09月16日

GEKKO IS BACK!!!!




「ウオール・ストリート マネー・ネヴァー・スリープス」なんです。「ウオール街」の続編ですな。


はっきりいいますと今年上半期の最高傑作です。「トランスフォーマー3」も度肝を抜かれるような展開があってすごかったけどこれにはかなわんなぁ。


「どうせお堅いシリアス・ドラマなんでしょ?」と思っておられる方に私は言いたい。私はこの映画を見て


文字通り抱腹絶倒しました。


「何にそんなに大笑いしたの?」ってそりゃもちろんゴードン・ゲッコー(マイケル・ダグラス)っすよ!
このオッサンがもう前作に続いて暴れ倒すんですよ。詳しくは書けないけど途中でゲッコーがガツンと大技くらわして「今までのシリアスな展開は一体何だったの?」と思えるくらい話をかきまわすから。(「Gekko is back!」って自分で言うんですよ、本当に。しかもどアップで)


私がここで書いてることを信用する人は少ないだろうけど、真偽のほどは自分の目で確かめてください。

他にもあれやこれやそれやでマイケル・ダグラスの過去のキャリアの集大成とも言える作品でしてこの魅力はまたの機会に過去の作品群とかれめて解説していきたいと思います。とりあえず



GEKKO IS BACK!!





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2011年08月28日

ハイテンション・オン・ザ・ウオール



最近は続編も公開された「ウオール街」なんです。

いやぁ、改めてみてもマイケル・ダグラスのハイテンション演技が冴え渡るゴードン・ゲッコウ役が凄まじい。


こんな動画もありました。




ほとんど同時期に公開された「ラスト・ドラゴン」に出てきた「ハーレムの将軍 ショーナフ」(何回も紹介したね)とキャラがあんまり変わらんのよね(笑

さて、マイケル・ダグラスといえば80年代後半のバブル景気に乗って「大統領のように働き王様のように遊ぶ」都会のヤンエグの象徴みたいに形容されることが多かった俳優さんなんですけど、彼のお父さんはこんな人なんです。



筋肉マッチョの元祖カーク・ダグラス(私が幼い頃にはヒーローでした)の息子さんなんですね。カーク・ダグラスと言えばスタローンやシュワルツェネッガー、果ては日本の千葉真一に多大な影響を与えた(ランボーシリーズにはトラウトマン役で出演予定だった)ような「頭より体」のオッサンでして、この息子(顔そっくりでしょ?)が都会のヤンエグの見本みたいに語られて「みんなの党」の支持層に神様みたいに崇められてるってるのはなんとも滑稽なお話であります。


さて、知ってる人は知ってると思いますがカーク・ダグラスパパはユダヤ系でガチコミュニストで、それを隠そうともせずに「スパルタカス」なんて映画作るような人だったんですね。でも筋骨隆々のマッチョだったので赤狩り全盛期なのに怖がって誰も告発しなかった(笑 という結構以外な経歴がある人なんですよ。

そんな親に育てられてばっちりサヨクに育ったマイケルくん(親子揃って反原子力派)なんで「ウオール街」は団塊オヤジの説教映画になってしまってるんですよね。

オールバックのハイテンション親父に怒鳴り声で説教されたいドMな方や、また「みんなの党」の支持層の思考の原風景を理解したい方にオススメの25年も経った今でも見応えがある映画になってます。っていうかゴードン・ゲッコーおもしろ杉。




おまけ

「ウオール街」ということでワンシーンだけフリーメイソンの象徴である「アレ」が登場します。
「メイソン」には壁という意味もあることを考えてよくご覧ください。
posted by fabrice du monde chien at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする