2010年06月19日

ついてる霊のってる霊



昔上の「ついてるね、のってるね」にかけて「ついてる霊、のってる霊」というギャグがありまして、まぁ以外に面白いんですが実はラッキーと調子がいいという意味の「つく、のる」と霊とかスピリチュアルとかの意味の「つく、のる」は語源が一緒なんす。

ついでに書くと(というかこれが本題)故・山城新伍も書いてますが役者に「役がつく」っていうのもこの霊が憑くっていうのと同じ意味なんす。

どういうことかというと本来演劇というのが演者に何らかの霊的なものが乗り移って観客に語り出すという古代宗教の儀式だったんすね。

だからこの古代宗教の名残りが強い「能」という演劇は死んだ人間が生きている役者に乗り移って語り出すという形式で話が進むのです。
この性質を取り入れたのがこの映画のオープニング


これは「能」ではない(ゴメン、演劇くわしくないのです)はずですが、同様の現象を利用してこの世に舞い戻る天草四郎のシーンは有名ですし、原作者の山田風太郎はその後「柳生十兵衛死す」でこの能のコンセプトを使ってタイムスリップをうまく時代劇に取り入れたりしております。

さて、こういう演劇のスピリチュアル性質を巧みに映画のシナリオに取り入れてるのが「ダークナイト」で日本のヲタのハートをわしづかみにしたノーラン兄弟ですが、どうもこの映画を絶賛する手合に限ってこのコンセプトを理解してるヤツがおらん。
以前も書いたんですが「バットマン」「ジョーカー」「トゥーフェイス」というキャラは登場人物についた「役」という扱いで具現化されてるわけでして、あまりにも有名になったジャック・ニコルソン演じる「ジョーカー」との競合を回避する策にもなってるわけなんですな。

そして、「ダークナイト」自体は三部作の激闘編なので主人公バットマン(あるいはブルース・ウエインに憑いた役)が何者であるか?ということが判明したくらいのところで映画は終わります。

と、まぁ、僕が今まで書いてきたことをおさらいしたところで今回は豪華2本立てなの次逝きます。
posted by fabrice du monde chien at 23:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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